思い出勲章写真 その壱とその弐
思い出が蘇る、心までのびやかになる、胸につけるとキラキラする思い出写真に勲章がついていることを書こう。
25年も文楽が大好きで、思い出もいっぱい。いろんなことがあった。思い出勲章写真その弐
東急ハンズに勤めているころ、吉田簑助さんの大のファンだという話を仲間に言いまくり、文楽の普及勝手委員を自負していた(そのころは文楽狂とは名乗っていなかった)。ハンズで仲良しだった安川さんが、文楽大好きの私と、お友達の音楽家・津野陽二先生とを引き合わせてくれた。その津野先生から、シンセサイダーと文楽のコラボレーション企画があり、「鷺」という舞台で共演することになったから、稽古を見に来てもいいよ。特別に国立文楽劇場の楽屋に案内していただいて、劇場の客席で簑助師匠に会うことができたのである。舞台稽古の合間に、憧れの簑師匠とならんで座った。文楽が好きで朝日座のころから通いつめている自分の文楽への思い、蓑助師匠のおもいを直接ぶつけたことを思い出す。その時に撮ってもらった写真が手元にあるが、この数枚の写真が思い出勲章写真である。この写真が私の宝物のひとつ。最近その写真を見せると、簑助師匠の隣にいる女性が、私だと言ってもは誰も信じてくれないのである。
もっともっともっと子どもの時の、思い出勲章その壱
セピア色になってしまった保育圓の卒園式風景写真。私が園長先生に、園児を代表して答辞を述べている。向かいに立っている園長先生が、シャープ創業者の早川徳次氏。「目のつけどころがシャープでしょ」のシャープの初代社長。子どもの頃よく妹は抱っこしてもらったと母から聞いたことがある。
私はやんちゃだったらしく、高校になって出会った、保育園に通っていた友人が言う。「MOONちゃんの靴をそろえていた。遊んでもらえなかったから」。「そんなあほな・・・」。
園長先生のダンディぶりを見ているので、未だに園長先生タイプの男前には弱いのである。
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