七月に入って落語会のお誘いと四條畷市の恒例「なわて寄席」が迫っていた。
ひとつは、七月十日、NHKの公開落語会「桂春団治一門会」が谷町4丁目のNHKホールであった。
桂春団治一門会は、春団治師匠の「いかけ屋」がお目当てだった。私の大好きな落語は、この「いけか屋」が原点かもしれない。ちょっとおませさんな子供の集団が、いきいきと描かれ、「とらとやな」というフレーズを春団治師匠の口調で真似てみせた、落語の空間を子供のころに聴いて、唯一わかった落語であったようにおもう。開口一番桂春菜、桂小春団治の創作落語あり、桂福団治師匠の「ねずみ穴」は、聞いたことない珍しいネタであった。落ちが、ハッピーエンドになっていたので、ねずみの穴の意味が通じないと一緒に行った人から質問されたけれど、なるほど、落ちが納得できないと気持ち悪いことに気づいた。
親の遺産を半分づつ受け継いだ兄弟がいて、兄は大店の主で、弟は飲む打つ買うで無一文になり、兄の店に金の無心に行く。が、出世払いでいいからと、お金を貸してくれたが、僅か三文だった。その三文を手にし、悔しさを力に変え、一念発起した弟は、一段一段出世をしていく。あれから十年。大きな店を構えるようになるまでに成長した弟には大事な用事があった。それは、あのときに出世払いで借金した僅かなお金を返しに行くことだった。しかし、気になることがあって、それは大事な土蔵に、ねずみの穴があいて、火事でもあえば、大変なことになる。番頭にねずみの穴をふさいでおくように命じて、大晦日に兄の家に行く。あのときの借金と利息を叩き返す。しかし、兄の仕打ちは、思いやりとわかり、長年のわだかまりもとけて、お酒をくみかわし、ねずみの穴が気になっていた弟はそのことを気にかけていたが、兄の勧めもあって泊まっていく。
後半のクライマックスは、気になっていた通りに、弟の店が火事になり、ねずみの穴から、火の粉が入り、一番蔵も二番蔵も、三番蔵も消失してしまう。すべてが灰になり、身代も崩れ、無一文になり、再び兄の店に無心に行くが断られる。あれだけねずみの穴をふさいでおくように言っておいたのに・・・後半の後悔は、悔しさがバネにならず、空回りで、手にしたお金もすりに掏られて、ますますやりきれない展開になるが、うなされて起されて、それは夢だったことに・・・・。お正月に燃え盛る夢を見て、目出度い。めでたい。ますます繁昌するという落ちで終わった。あまり聴いたことのないネタなのでこれしか覚えられなかった。
もともとの落ちは、「土蔵(五臓)の疲れで、夢を見なさった」というようなものであるらしく、それなら、ねずみの穴も合点がいく。ただ、五臓路府に染み渡るといっても、今では五臓から説明しなくてはいけない時代になって、五臓と土蔵という落ちもあまり感心のできたものではない。
中入後後、春若「京の茶漬」、そして、待ちに待った、大主任の春団治師匠の「いかけ屋」は期待通りの、落語で、春団治の底力を見せ付けられた落語であった。「とらとやな」も健在であった。私は、この落語を聴くために、このホールに来られたことを幸せにおもった。
なわて寄席は、昨年骨折をして、残念無念の塊で、泣く泣く他の方に切符を譲った経緯があって、今年は早くからチケットを購入していた。
日にちはかわり、七月十二日、恒例「なわて寄席」は打って変って、桂米朝一門の落語の数々。ひろば「道具や」吉弥「ちりとてちん」、ざこば「子は鎹」中入雀々「手水まわし」、南光「義眼」。
桂吉弥「ちりとてちん」は、NHKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」に、徒然亭草原役で出演していたこともあり、大きな拍手で迎えられた。そして、期待を裏切らない、丁寧な「ちりとてちん」が聴けた。
桂ざこば師匠の「子は鎹」。これには噺の中心ではないが、ひとつ工夫があって、「最近、鎹(かすがい)という言葉の意味がわからないとおもうので、これが鎹ですわ、」と言って、本物の「鎹」を、懐から出す。手ぬぐいの中から小さな鎹、そしてもうひとつ、「会場の後ろの席の人にもわかるように」と言って、大きな鎹をさし出して、鎹の説明をした。この説明が、初めて落語を聴く人に、何度も落語を聞いている人にも、落語の落ちが分かるように配慮されていて、子は鎹、なるほどと、唸らせるものがあった。以前、小さな鎹をちょっとだけ見せて、という場面に出会ったことがあったが、今年は何倍もある大きな鎹が出てきて、流石だとおもった。ざこば師匠の落語はいつ聴いても、大御所の風格があり、お話も聴かせどころがおおく、「崇徳院」にしても、今回の「子は鎹」にしても、何回同じネタでも聴きたいとおもう。
桂雀々「手水まわし」の枕に、四天王のネタがあって、桂春団治師匠の華麗な羽織の脱ぎ方が入って、二日前に見た、春団治師匠が重なって、個人的に盛り上がっていた。雀々、南光普通通りに面白く、大いに笑わせていただいた。
なわて寄席は、桂南光師匠が四條畷市に在住ということもあり、毎年恒例になっている落語会ではあるが、今をときめく噺家さんがずらり勢ぞろい、値打ちのある落語会であった。落語はライブだ。改めて落語会の会場に足を運ぼう、とおもった。
落語三昧の日は、これからも続く。
最近のコメント